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プロフィール

創業昭和8年。藤屋豆腐店として埼玉県越生町で開業した豆腐屋は、時代の流れとともに、町の豆腐屋→豆腐の卸売工場→手づくり豆腐の製造直売所と形を変え、現在は「越生町にきたお客様をもてなすお豆腐屋さん」として越生こだわりとうふ「藤屋」があります。

 

平成13年に2坪のお店で始めた豆腐屋も、おかげ様で口コミからお客様の数も徐々に増えて、平成15年には現在の店舗にリニューアル。埼玉の山間にある小さな豆腐屋ですが多い時では200組を超えるお客様にご来店いただいております。現在は3代目夫婦に助けてもらいながら、4代目夫婦が工場とお店を切り盛りしています。

私達が会社を継いだときは、正直とても経営状況が苦しい時期でした。弊社のような小売と卸を両方やっている豆腐屋は経営のバランスがとても重要になります。当初は、こだわりの豆腐を販売している直売店の方は順調にお客様が増えてきてはいたものの、卸売の方は今だ価格競争の波から抜け出せず、何十年も取引をしていたところから価格が合わないとあっさり切られてしまいました。バブル期に建てた現在の工場の返済もまだ残る中、会社の月の4分の1ほどを占めていた売上が一瞬にしてなくなってしまったのです。当然のことながら、すぐにその穴がうまるわけでもないので、まずとりかかったのは削減。製造、人、出費をすべて見直し最小限にしました。当然しわよせは私達にふってかかります。自分達でできることは何でもやらなければならない状態のため、子どもは朝早くから夕方ギリギリまで保育園に預けました。この頃、私達が話していたことは「4代目を継いだけど、子どもにはあまり継がせたくないよね…」でした。

そんな毎日を繰り返していたとき、息子が保育園の誕生日カードを持って帰ってきました。そこには「大きくなったらお豆腐やさんになりたい」と書いてありました。当時息子は5歳。そのときは「くじらからやっと人間になったね」と笑っていました…が、そこから毎年もらって来るカード、小学校に貼ってある将来の夢すべてに「お豆腐屋さんになる」と書いてあるのです。そして娘もこういうのです、「私の夢はパティシエールになることだけど、弟が継がないなら豆腐屋になってもいいよ」と。

正直、私達は首をかしげました。朝から晩まで働き、日曜日や連休もお店があるから遊びに連れて行くこともできない。家に帰ってきてもたいていは仕事の話。それなのに、なんでこの子達は豆腐屋になりたいと思うのだろうか?息子に聞いてみました「だってひいひいじいちゃんが始めた豆腐屋さんがなくなっちゃったら、ひいじいちゃんも、じいじも悲しむでしょ」と。娘は「色々嫌なこともあるけど、なくなったら勿体ないしお父さん達大変そうだけど、楽しそうじゃん」

あぁ、そういう風に見ていてくれていたんだ…。そこから私達の考えは変わりました。「この豆腐屋を私達の代で終わらせてはいけない。次の世代につなげよう」と。今の時代、美味しい豆腐をお店に並べてお客様を待っているだけ、入る注文を受け配達するだけでは間違いなく倒産するでしょう。ここ10年で倒産、廃業した近隣の豆腐屋さんは10件近くにのぼります。私達がもちこたえ、次の世代に繋げることができれば藤屋は創業100年を迎えることができます。

小さな町の豆腐屋ではじまった藤屋豆腐店は、いろいろと形をかえて今は、越生町を訪れた人たちに笑顔と感動をあたえることができるお店になろうと日々変わり続けています。

埼玉の山間にある町、越生町の越生こだわりとうふ「藤屋」。日々の生活にちょっと疲れたなぁ…と思ったら、一度遊びにきてみてください。

 

武藤利博(4代目)

S50.4.17.生まれ/おひつじ座/A型

性格:熱しやすく、冷めやすい、意外と病弱 型からはいるタイプ
趣味:ゲーム(今はにゃんこ大戦争、息子とモンハン)
前職:チェーン居酒屋○民の店長

武藤恵(店長、嫁)

S50.12.11.生まれ/いて座/A型

性格:用意周到、冷静沈着、ただし、酔っ払うと人格が変わります
趣味:読書、台所でお酒を飲むこと
前職:産業廃棄物処理会社勤務→リフレクソロジスト

 

 

過去のメディア出演紹介

日本テレビ 「ぶらり途中下車の旅〜八高線の旅〜」
フジテレビ 「にじいろジーン〜嫁姑W変身コーナー〜」
テレビ東京 「日曜ビックバラエティ〜仰天ニッポン滞在記5〜」
テレビ東京 「アド街ック天国〜越生〜」
NHK      「ひるまえほっと」
テレビ朝日 「たけしの家庭の医学」
テレビ埼玉 「ごごたま」
テレビ埼玉 「埼玉ドライブナビゲーション」

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